
こんにちは。
こころの健康支援室 そらいろのmirineです。
6月半ば、雨の季節も本番に入り、なかなか調子が上がらないなと感じている方もいらっしゃるかもしれません。
約半月後に一年の後半がスタートする前に、今週末には夏至を迎え、いよいよ今年も折り返しポイントです。
半年がんばってきたご自身を労りながら、ご無理のないペースで雨の季節を過ごしていきましょう。
今年は、今週末、21日に夏至を迎えます。
一年のうちで、一番昼の時間が長くなる日。
この日を過ぎると、冬至までの間、一日ごとに昼の時間が短く、夜の時間が長くなっていきます。
実際に、日が短くなったと感じるのは数ヶ月先になりますが、暑さの本番を迎える前に、太陽と地球の動きは反転を迎える。
もしかしたら、多くの物事において、その影響を実感するのは、実際に物事が起こった時点ではなく、そのずっと後のことなのかもしれません。
人生で、こうなると分かっていたなら選んだのに/選ばなかったのに、と思ったことはあるでしょうか。
もし起きたその時に、すぐその影響が実感できるとしたら、何かを選んだかもしれないし、何かを選ばなかったかもしれない。
その影響を実感するようになった「今」だから、どうしてあの時あの選択をしたのだろうと思ってしまう。
でも、実際には、影響を実感するまでタイムラグがあっただけで、その出来事が起きた時点で、その選択をした時点で、いずれこうなることは決まっていた。
たとえその時には「分からなかった」、「見通せなかった」ことでも、多くの場合、すべてを見通して、すべての条件を勘案して、その上で判断、選択できること自体、人生では極めて稀か、ほぼあり得ないことです。
人間の認識能力には限界があるからです。
太陽が最も長く地球を照らしたその後に、暑さのピークがやってくる。
実際にはほんの少しずつ、確かに日が短くなっているのに、その事実を実感するのは秋の気配が見えはじめた頃になる。
毎年毎年そうなると分かっていることとは異なり、人生にふりかかる大小さまざまな選択では、この選択の先にどんな影響が波及するのか、それがたとえ自分のことであっても、すべてを見通すことはできず、最善最良を選んだと思ったことが、どんな風に転がりゆくのかは、転がってみないと分からない。
でも、選んだことによって生じた影響は甘受するしかなく、どんな時も「今」の自分にできるのは、「今」の自分の心にしたがって選ぶことだけです。
誰も、それがたとえ自分のことであっても、人間の脳で判断する限り、すべてを見通した上で選ぶことはできない。
すべては分からないまま、時には何も分からないまま、それでも自分にとっての最善を、最良を選ぶには、自分の心に尋ねるしかありません。
計算で選んだことは、計算から外れた結果となった時に、「もしあの時に戻れたら」と、必ず後悔がわいてきます。
自分の心の望む通りにしたことは、この先に何があったとしても、後悔したとしても、「きっともし戻れたとしても、自分は同じことをする/選ぶだろう」と思えるものです。
「あの時に戻れたら」という後悔は、その思いが強ければ強いほど、今どうするか、どうしたいかという視点を遠ざけます。
「もし戻れたとしても、自分は同じことをする/選ぶだろう」と思っている人は、過去の選択にとらわれず、今どうするか、どうしたいかに集中することができます。
見通せないことを見通し、コントロールできないことをコントロールしようとすればするほど、人生は重くしんどいものになってしまいます。
その時の自分にできる範囲のことに集中し、自分の心のままに生きる。
傍から見ると、軽やかで簡単に生きているように見えるかもしれません。
やってみると、見通せないことを見通し、コントロールできないことをコントロールしようとする自分に振り回されて、自分の心のままにするということが、なんとも難しいと感じられるかもしれません。
でも結局は、見通せないことは見通せないし、コントロールできないことはコントロールできないので、観念するしかないのです。
自分の心の中にしか、導きの灯はないのです。
夏至の後、一年の半分が終わり、暑さはピークを迎え、徐々に日は短くなっていきます。
夏至から冬至までの、昼が短くなり夜が長くなっていく期間、今年の残りの半年を、どのように過ごしていきたいでしょうか。
どんな選択であっても、「きっともし戻れたとしても、自分は同じこと、同じ選択をするだろう」と思える、「今」の自分の心に適う生き方を重ねていけますように。
あらあらかしこ
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