
こんにちは。
こころの健康支援室 そらいろのmirineです。
【わたしとであう】シリーズ、だいぶ間があいてしまいましたが、ご自身の感情や感覚に気づく機会は、以前より増えたでしょうか。
感覚は反応なので、感覚をそのままキャッチできるようになると、「自分が感じていると思っていること」ではなく、自分が「本当に」感じていることが何なのか、分かるようになります。
自分が本当に感じているものが分かると、感覚が訴えているものと、「自分が感じていると思っていること」の齟齬が、何から、どこから生じているのか、探ることもできるようになります。
何より、自分が本当に感じているものが分かると、「本当に」自分を尊重すること、自分を大切にすることができるようになります。
「自分が感じていると思っていること」をベースに自分を大切にしようとしても、本当に感じていることとずれているので、良かれと思って、自分を大切にしていると思ってしたことが、実際には自分をないがしろにしていたり、傷つけてしまっていることも、珍しいことではないからです。
たとえば、無意識にでも、「自分はこんなことで怒るはずはない」とか、「こんなことでかなしむべきではない」と思っていると、実際にはとても怒っていたり、かなしんでいたとしても、実際の自分の感覚を否定して、自分を怒らせたりかなしませるような出来事を、意識の上では「いい成長の機会になった」とか、「自分のためになる体験だった」という風に受け止めてしまっているかもしれません。
そして、意識の上では、自分のためになったと思っていると、自分に「良かれと思って」、そういう体験ができる機会を選択するようになるかもしれません。
しかし、実際には、自分はそうした機会によって、怒りやかなしみといった、ケアされることのない傷つきの体験を重ねてしまうことになるのです。
自分が今、本当に感じていることにアクセスできないと、どれだけ自分を尊重したいと思っても、大切にしようと思っても、自分を愛したいと思っても、的を射た行動につながらないのです。
誤魔化さず、すり替えず、曲解せず、今この瞬間に自分が「本当に」感じていることを、そのまま感じる、受け止める。
それがどれだけ難しいことか、自分の感覚をキャッチしようと練習を重ねれば重ねるほど、実感されているかもしれません。
でも、少しずつでも、本当の自分の感覚をつかめるようになると、その感覚を頼りに、自分を本当に大切にするための行動を増やしていくことができるようになるのです。
本当に自分がよろこぶこと、しあわせに感じること、快いと感じる瞬間を知ることができれば、そのために必要なものを自分のために選び、増やしていけばいいのです。
本当に自分が嫌だと思うものがあれば、どうしたら自分の体験からそれを取り除いていけるのか、できる範囲で少しずつでも行動していくことができるのです。
「こうあるべき」自分のためではなく、「こうありたい」自分のためでもなく、ただありのまま「全き自分」であるため、そうあれる選択をする、行動に移す。
ただ、そのままの自分であること。
一番シンプルで簡単なはずなのに、本当に、ひどく難しい。
そもそも、今の自分の意識が「全き自分」に耐えられないことも少なくないのです。
自分の感覚を、誰かや何かのために、誤魔化し、すり替え、曲解することをあたりまえにして生きてきて、「こうあるべき」や「こうありたい」が「全き自分」から離れていればいるほど、ありのままの自分をそう簡単には受け入れられない。
「自分の感覚をありのままに受け止めている」と思っている、それがすでに、意識で受け入れられる範疇に曲げられたものかもしれないのです。
それでも、自分の「本当」のところにアクセスしたいと、自分の感覚を見つめ続けて、その感覚に沿った選択と行動を積み重ねることが、「全き自分」に出会うためには必要なプロセスなのでしょう。
新しい選択、新しい行動、新しい体験には、これまでとは違う反応(感覚)が必ずあります。
今、自分が感じている感覚を注視し、キャッチする、それを元に、より自分を大切にする、しあわせにする選択を行動に移す。
感覚を元に、自分を大切にするために行動する。
大切にする、愛するは、能動的な行動を必要とする動詞です。
「本当」の感覚に沿って、的を射た行動ができた時に感じること、体験することは、これまで見つけられなかった新しい自分を見つけることにもつながるでしょう。
あらあらかしこ
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